社会課題が複雑化し、多様になっている現在、人的・財政的・制度的制約を抱える、行政がそれらすべてを解決することはできず、ソーシャルセクターの役割はますます重要になってきています。そして、そのソーシャルセクターが社会により大きなインパクトを生み出していくためには、イノベーティブな考え方もまた、ますます必要になってきています。
このイノベーションを起こすために、多くの事例研究を通じて導きだされたものにが、アメリカではスタンフォード大学が提唱している「デザイン思考」、日本でも野中郁次郎一橋大学名誉教授が提唱されている「 SECI(セキ)モデル」があります。これらのフレームワークの最初のステップとして大事とされているものは「共感」。受益者の顕在化していないニーズを理解するには、とことん彼らの立場にたって、場合によっては一緒に生活をも共にし、徹底的に共感をもって彼らや彼らをとりまくシステムを観察する。そこから生まれる洞察がイノベーションの種となるというものです。
「デザイン思考」のプロセス
イギリスのある事例を紹介します。貧困からくるあらゆる問題に苦しむある女性は、既に、24もの行政機関(ソーシャルワーカー、児童相談所、近所の警官等)から73の行政サービスの提供を受けていました。しかし、女性の生活は一向に改善しないのです。そこで、イギリスのヒラリー・コッタムという学者が、その女性達の家に住み込み、共感的観察を行います。そこで見えてきたのは、訪問する行政スタッフは、86%の時間を行政システムのために費やしていて、残りの14%の時間でさえも、報告に必要な情報を女性から聞き出すことに費やしている、つまり女性と本当の意味での信頼関係を構築できておらず、女性がどのようなことで困っているのかを真剣に聞き、考えてはいないということでした。そこで、教授は全く逆に、時間の8割を女性が望むことのために使うような取り組みを行ったところ、女性の生活は大幅に改善したということです。教授はこのモデルをベースに、つながり・信頼関係を生かしたコミュニティーづくりをはじめ、大きな成果をあげています。行政にとっても大幅なコスト削減につながったことは言うまでもありません。
このようにイノベーションにとって大切なことは、本当にその人の立場にたって(英語では「その人の靴をはく」と表現しますが)良い、悪いという価値判断を保留にして、その人の気持ちや感情や認識を自分に重ねあわせ、同時に他者としての視点から本人には見えていない真の原因や問題点に気づくことです。車がなかった時代に人々に何が欲しいかと尋ねても、「もっと速い馬」という答えしか期待できない、というフォードの言葉はあまりにも有名ですが、このように、我々は、自分の五感をフルに活用し、共感的に観察することによって、本当に価値のあることは何かを考える必要があります。
目の前にいる一人の受益者を深く知ること。そして、自分たちが提供しているサービスが真に受益者志向となっているのか、さらに改善していける点はないのかを考えてみることは社会的イノベーションを起こすために大切なことではないでしょうか?
共感とは何か「共感と同情の違い」(出典:The RSA「Brené Brown on Empathy」)
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