鵜尾:今までのお話をお聞きしていて、さわやか福祉財団があって本当によかったと感じています。日本の福祉が限界にきているなかで、堀田先生が法務大臣官房長を退官されて、さわやか福祉財団を創設されたのは何年でしたか?
堀田:1991年です。
鵜尾:1991年!私が社会人になった年です。あの頃はまだバブルの絶頂期で、世の中はこれから未来永劫、日本は経済成長するんだ、土地さえ持っていれば絶対大丈夫、といわれていたときに、今の状況を予見されて「さわやか福祉財団」の基礎をつくられたわけですよね。
堀田:そうですね、財団の旗印、分析も目標も始めたときと今と同じです。当時から、「新しいふれあい社会」というのを旗印にしました。当時はふれあいがない、だから共生がいるという主張です。新しい、というのは昔の助け合いは、温かい代わりに人のプライバシーまでに突っ込んでうるさかった面がありますのから。プライバシーや個人の考えはしっかり大事にしながら、ふれあい、共生を復活しましょうというのが当時の旗印でした。
それでまずは地域の助け合いから入って、子どもからお年寄りまで全世代の共生に広げていきましょう、としましたが、今も同じです。当時は20年計画の目標を立てたんですが、まずNPOを5000団体つくる、それから企業で働いている勤労者のボランティアを1000万人という目標を具体的に掲げてきました。学生たちを200万人とか。ほかの目標は全部達成したのですが、勤労者1000万人がボランティア活動する、というのだけが達成できなくて、これはまだ今も達成できてないですね。だからやはり企業社会がいかに日本は強いか。逆に言うと、自助と経済だけで強力にまだ進んでいて、共助や非営利活動などへのバックアップがいかに遅れているか、ということですね。今の社会はそういう姿なんだろうと思うのです。その点を除けばだいたい予想どおりですね。
鵜尾:1000万人の勤労者ボランティアを実現しようとする部分、我々もぜひ一緒に力を合わせて実現したいと思います。でも、お話をお伺いしていると泣きそうになってきていますよ。91年のあの状況の中ですでに今を見据えておられた。私も社会人をしていましたのですが、当時全く見えていなかったですね。いやぁ、すごいです。
今、企業の話がありましたが、企業は業績が厳しいとボランティア活動への参加などが厳しいという話を聞きますが、どのようにしたら勤労者がボランティアや共助にもっと目を向けるようになると思われますか。
堀田:もちろん企業活動は基本的に自助の活動ですから活動はしっかり展開されなくてはいけないのですけど、日本の働き方改革ですかね、働かせ方がまだ非科学的です。長時間働くことがいいことであるという感覚が管理側にまだ強くて、事実上の価値判断の対象が労働時間だけですよね。中身じゃなくてね。それですから、評価を上げるために長時間労働をやるようになって、特に男性が長時間労働していて家に帰らない。これでは男性は家庭生活の分担をできませんが、それがある意味、楽なんですよね。
子どもが大変なときに企業に残って仕事をしていればそれなりに体力の抜き方もさぼり方もわかるし、体もうちへ帰って子どもの面倒を見るより楽になることが多い。男性もそういうのに慣れてしまって、結局家庭生活に入らない。家庭生活に入らなければ地域生活に入れるわけがないので、だから家庭生活なし、地域生活なし、つまり非営利活動一切なしの、営利活動だけの生活、活動になってしまう。営利事業の経営者が非科学的で、長時間労働してくれる社員は熱心ないい社員で、それがいい会社だという管理をやっている。
だけど、これもだんだん証明されるようになってきていますが、やはり8時間労働というのは基本的に合理的な人間の働き方で、この時間に集中して仕事をして、そしてそれ以外の時間で別の非営利の活動をして、その中で人間の幅やら、社会の見方や、そういう人とのいろいろな交わり方を学ぶ。そのようにして家庭生活と地域生活で得たものをまた企業に持ちかえって、企業内の人間関係や社外との人間関係、ご本人のいろいろな判断力、社会的判断や視野などもまた企業に持ち込んで活かしていく。そうすると、残業なしの労働時間の生産性がぐっと高まりますし、営業面だけの成績じゃなくて、全人的な社会人としての成長にも、組織としての成長にもつながる。企業にとっても長時間労働よりも短時間集中の生活、そして従業員が生活の幅を広げるところがプラスなんですけど、そこがわからないところが非常に日本の経営者が遅れているところだと思います。
女性を登用しないのにもつながっているんですけど、企業の本当の効率、本当の成長を考えていない、社会とも切り離された自分の業績だけしか見ていない企業になってしまっている。ここを変えることは企業にとってもプラスなんですが、このようなことをお話ししても聞いている方ご自身が家庭に帰っていないので、受け入れてくれないんですよね。だからなかなかか説得が難しいんです。
鵜尾:企業の経営の在り方そのものが変わるというのが、ボランティアのためだけではなく、従業員が社会全体のことを理解しながら新しい事業を考えることができるかもしれないし、そういうことに価値を置くと、付加価値がむしろ高い、社会と共助の部分がシンクロしていく企業になるということをどう腑に落ちてもらうか、ということですね。
鵜尾:最後に一言メッセージをいただきたいのですが、ファンドレイジングのコミュニティの中には非常に若い人たちがいます。最近若い子たちが本当に一生懸命、社会の未来のために何かしようとしているんです。9月に開催した「FRJ2019(ファンドレイジング・日本)」のときも、ボランティアの最年少は中学2年生でした。セッションにも高校生たちが参加してくれて、最前列に座って、必ず質問するんですね。我々の議論の中でも出たのですが、「社会人」はともすると就職した時点で社会人とされるのですが、子どもたちも立派に社会を構成する一員で、社会のために何かをするパートナーなんじゃないかと。そういう20代ぐらいまでの若い人に何かメッセージをいただけますか。
堀田:我々の時代は高度成長期で、国や企業は絶対の存在でしたから、そこに身を投じて頼ってがんばっていれば幸せになるんだと実感していましたよね。今その前提がなくなっているということは若い人たちは皆わかっていると思うんですよ。不安感が我々の時代よりも非常に大きい。じゃあ、どうするのか、ということきに、誰も教えてくれないので、自分たちで見つけなくてはいけない。自分で自分が何をしたいのかということを大切にして、自分の意欲で道を開いていくしか選択肢はない。そのことに目覚めておられる若い方が数としては増えつつあるし、そういう方が鵜尾さんのまわりに、新しい道を求めてきておられるのでしょう。
「FRJ2019(ファンドレイジング・日本)」にスカラシップで参加した高校生の姿
でも彼らは全体の若い人たちから見ると少数派。大多数の人たちは不安はあるけれども道が見つからなくて、だから自分の地域にこもってしまったり、海外に行く意欲がない。そういう人たちには当然道を切り開こうという意欲は起きてこないですよね。だから自分を活かして生きていくという道は彼らには見つけられない。大人たちは国や企業に自分を預けて生きてきていますから、それがなくなると喪失感しかないし、ゼロから頑張る生き方を若い人に教える力は全くない。ですから、鵜尾さんたちの周りにいる目覚めた若い人たちが、生き方のモデルとして、同年代の若い人たちに、「ああいう風に生きれば自分たちもいい人生が拓けるんだ」というモデルとして広がっていってほしいと思います。
鵜尾:ありがとうございます。まず半歩踏み出している若い人に、自分を活かして生きていく、そういう生き方のモデルになってもらう。自分たちはクラスではマイノリティー、少数派で、意識高い系とか言われて悩んでいる。でも、実は生き方は誰も教えてくれないので、自分たちで若いみんなに伝えていく、という役割を担ってもらうということですね。
堀田:その時に、お金が儲かることとか、物的なことが幸せじゃなくて、自分を活かして生きることが幸せなんだよ、というメッセージもあわせて出してもらえると嬉しいです。周りにいるほとんどの年上の人はお金を稼いで、地位の高い人が幸せだと思っているから、そちらに染まってしまうんですよね。そうじゃないよ、と。お金はたいして儲からないことでも、みんなが喜んでくれれば幸せですという、そういう幸せのメッセージもあわせて出してほしいと思いますね。
鵜尾:今日は貴重なお話をありがとうございます。勝手に日本を代表して、ありがとうございますと言いたいです。勇気をもらいました。私たちの協会はまだ創立して10年なんですけど、もっと踏ん張って頑張ろうと思いました。必ず大きな転換がくることを信じて頑張ります。ありがとうございました。
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