いよいよ日本でも本格導入へ向けた動きが加速している「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」。
以前の記事(https://jfra.jp/fundraisingjournal/249/)では、SIBに関する世界の動きと日本における導入の意義について解説しました。そこで今回は、その後のSIBをめぐる状況をアップデートしつつ、そこから見えてきた「SIBの本質的な価値」について考えてみたいと思います。
「SIBって何?」という方は4分でわかる動画を御覧ください。
同様にパンフレットもありますので、合わせて参考にしてください。
http://impactinvestment.jp/doc/sib.pdf
政府の基本方針への採用されたSIB
2015年6月に政府の経済財政諮問会議が発表した政府の基本方針である「骨太の方針2015」および「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」の閣議決定の中でSIBの推進が明記されました。
これにより、SIBの導入に関して、今後国の後押しも期待され、本格導入が一気に進む可能性が見えてきました。
日本でもパイロット事業がいよいよ開始
2015年4月から日本財団が中心となり自治体と連携した3件のSIBパイロット事業が開始し、筆者もそれらの事業開発に携わってきました。対象となる事業は「子どもの家庭養護促進」「認知症予防」「生活保護費削減」と、いずれも日本の抱える大きな社会的課題をテーマとしており、これらの事業を通じて、SIBの効果検証や導入可能性を検討した上で2016年度の本格導入を目指しています。
1. 横須賀市と連携した家庭養護推進事業
産みの親のもとで育つことができない子どもの「特別養子縁組」を行うことで家庭的養護を推進するとともに、自治体の公的コストの削減を目指す事業です。横須賀市には現在2つの児童養護施設がありますが、それだけでは足りず市外の施設も利用しており、行政の経済的負担も大きいことから、施設養護から家庭養護への移行を加速させることを目的としています。
参考URL:http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2015/40.html
2.福岡市等と連携した認知症予防事業
認知症予防の学習療法を提供している公文教育研究会が経済産業省ヘルスケア産業課から委託を受けて実施します。2015年7月から福岡市、松本市等、7自治体で事業に着手し、高齢者のQOL向上を図ると同時に公的コスト削減を目指しています。
参考URL:http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2015/61.html
3.尼崎市と連携した若者の就労支援事業
尼崎市の生活保護世帯で特にひきこもり等の行政の介入が難しい若者(15~39歳)を対象に、ケースワーカーと連携しアウトリーチ事業を行うことで就労支援と長期的な自立を促進します。
事業の成果として、若者が就労、自立することにより、長期的に見込まれる生活保護費の削減、納税額増等の行政コストへの影響を検証する予定です。
参考URL:http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2015/69.html
SIBは、行政がリスクのとれない社会実験を可能にし、イノベーションを加速させるツールである
SIBは、ソーシャルセクターに新たなお金の流れを生み出す社会的投資モデルとして注目されがちですが、本質的には「行政がリスクのとれない社会実験を可能にし、イノベーションを加速させるツール」としての価値の方が重要であると感じています。
行政は、平等性、公平性を重視する傾向にあり、税金を扱う立場で失敗も許されない雰囲気のなか、成果がでるかどうかも分からないリスクの高い社会実験に対して思い切った投資を行うことが、そもそも難しい構造をもっています。したがって、そこではイノベーションも起こりにくいわけです。
そこで、その行政がとれないリスクを民間の投資家がとってイノベーションを起こすための社会実験を可能にすることがSIBのもっとも大きな価値だと思います。
実際に、以前の記事でも紹介した英国の1号案件であるピーターボロ刑務所の再犯防止プログラムでは、プログラムの効果が確認された時点で事業を中断し、国が自ら予算をつけて、同様のプログラムを全国の刑務所に導入するという展開を見せました(投資家へのリターンの支払いも予定されています)。これは、SIBがその本質的な価値を発揮した事例であるといえます。
一方、先日米国の1号案件で同じく受刑者の再犯防止プログラムを実施したライカー島刑務所のケースでは、予定していた成果が出なかったために事業が中断され、投資家への支払いも行われないことが決定しました。これは「投資」という意味では「失敗」を意味しますが、SIBの本質である社会実験という意味では、「今回採用した再犯防止プログラムが今回の対象者には効果ないことが証明された」という成果が税金を無駄にすることなく得られたといえるでしょう。今回の教訓を活かすことで、次回以降のプログラムがイノベーションを生み出す確率が高まるわけです。
日本でも現在進行中のパイロット事業を進める過程で、イノベーションを阻む課題や失敗がたくさん生まれてくると思います。しかし、そこでSIBの本質的な価値から目を背けず、官民協働で課題に取り組み、失敗から学びながら、山積する日本の社会的課題解決に資するイノベーションを生み出す勇気と覚悟が必要だと思います。
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