ソーシャル・インパクト・ボンド〜社会的価値評価を活用した「社会を変えるお金」の新しい流れ〜
ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)とは?
前回は、NPOやソーシャルビジネスが創出する社会的価値を評価する方法として、近年国内外で活用が進んでいる「社会的価値評価」について解説しました。
そこで今回は、その社会的価値評価を活用した「社会を変えるお金」の新しい流れとして最近グローバルに注目を集めている「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」について解説したいと思います。
SIBは、2010年に英国で開発され、現在では米国、豪州等でも実施されている革新的な官民連携の社会的投資モデルです。
SIBの仕組みは、パフォーマンスの優れたNPOやソーシャルビジネスに対して、民間の投資家から資金を調達し、事業の社会的価値(成果)に応じて、削減された財政支出の一部が政府等から投資家へリターンとして支払われます。一方、成果が上がらなければ政府等は投資家へリターンを支払う必要がないため、SIBを活用することにより、政府はリスクなく財政支出の削減と革新的な公共サービスの提供が可能になります。(図1,2参照)
(図1 SIBの仕組み 出典:McKinsey&Company(2012) From Potential to Actionより抜粋し、筆者翻訳)
➀社会的生産性を上げたい従来の行政サービスが対象となる
➁政府等と中間支援組織が行政サービスの民間委託に関する成果報酬型の複数年契約を結ぶ
➂投資家は中間支援組織を介して投資し、プログラムが成功したらリターンを得る
➃中間支援組織は、NPO等の選定、資金提供、プロジェクト管理を行う
➄委託を受けたNPO等は、低コストで高パフォーマンスなサービスを受益者に提供
➅評価アドバイザーが、プログラムの進捗評価、目標達成に向けたアドバイスを行う
➆独立評価機関が、プログラムの目標達成を判定、行政は成果報酬で支払う
受刑者の再犯防止にSIBを導入。全国平均より約23%再犯率が低くなった英国の事例とは?
SIBは、英国をはじめ米国、豪州などで現在までに20件以上の実績があり、対象となる事業は、受刑者の再犯防止、ホームレス社会復帰、児童養護、若者の就労支援など多岐にわたります。
例えば、英国における世界初のSIBの事例は、受刑者の再犯防止プログラムを対象に2010年から行われています。英国では、短い刑期を終えて出所した軽犯罪受刑者に対する社会復帰の支援が行われないために、出所者の60%が12年以内に再び罪を犯し、21 歳未満の出所者では、実に92%が再犯することが大きな社会的課題になっていました。また、再犯に伴う刑務所の収監費用などには多額の税金が使われるため、司法省にとっても再犯防止は喫緊の課題でした。
そこで、この社会的課題を解決するために、SIBを活用し、再犯防止で優れた実績のあるNPOが、懲役1年未満の3,000名の軽犯受刑者を対象に、刑務所の入所時から出所後も含め、心理セラピー、職業訓練等の社会復帰支援施策を実施することで、再犯率を下げるプログラムが開始されました。本プログラムでは、事業費用の500万ポンド(約7.5億円)を、助成財団や篤志家等、17の投資家が出資し、8年間のプログラムが現在も進行中です。
本プログラムの社会的価値(成果)は、出所後1年間の犯罪歴を調べ、再犯率の低下による司法コスト、収監コスト等の削減額から算出され、再犯率が10%以上低下した場合に、司法省・宝くじ基金から800万ポンド(約12億円)を上限に支払いが行われ、投資家への償還が行われます。
2010年に開始した本プログラムは、2013年に中間評価が行われ、全国平均より約23%再犯率が低くなっていることから、現在までのところSIBの活用が大きな成果を生み出しているといえます。
複雑に絡み合う社会課題の解決を加速するために、日本でいま起きていること。
英国をはじめ、先進国でSIBの導入が進んでいる背景には、先進国が共通して抱える「財政赤字の深刻化」という問題があります。例えば世界に先んじてSIBの導入を始めた英国では、2010年に成立したキャメロン政権の下、4年間で810億ポンド(約14兆円)の予算削減を行う財政健全化施策が推進中です。そして、この予算削減圧力が、政府のリスクなく財政支出削減と革新的な公共サービスの提供を可能にするSIBの導入が英国で積極的に進められた背景にあります。そして、この点では、世界最悪の借金を抱え、人口減少による税収の減少と超少子・高齢化による社会保障負担の増加という財政上の深刻な課題を抱える日本でも、その解決策としてSIBの導入が当然期待されます。この点については、先日、内閣府の経済財政諮問会議が発表した「未来への選択―人口急減・超高齢化社会を超えて、日本発成長・発展モデルを構築」という報告書の中でSIBが取り上げられていることからも、政府内でSIBへの関心が高まってきていることを感じます。
また、もうひとつSIBの日本への導入において大きなポイントになるのが、「休眠預金」の活用です。
休眠預金とは、預金の引き出し等が長期間(銀行で10年)行われておらず、預金者と連絡がつかない預金のことで、その金額は、日本全体で毎年800億円を超えると言われています。現在日本の休眠預金は、便宜上銀行の利益として計上されていますが、英国や韓国では既に、このお金をNPOやソーシャルビジネスの支援などの公益目的へ活用する動きが始まっています。そして、日本でも休眠預金の公益目的への活用に向けて、今年4月に超党派の議員連盟が結成され、今国会中に議員立法を目指しているところです。
日本の休眠預金活用において特に参考になるのは、英国で休眠預金によって組成され、NPOやソーシャルビジネスへの投資促進を行っている「Big Society Capital(BSC)」のモデルです。英国では、BSCがSIBへ投資を行ったことがSIB導入を加速化させたため、日本でも同様に休眠預金によって「日本版Big Society Capital」を創設し、SIBへの投資が行われることで、SIBの日本への導入が大きく後押しされることが期待されます。
筆者自身、SIBの日本への導入は、日本の抱える財政問題の解決と公共サービス効率化という「公的セクターのイノベーション」と、多様化する社会的課題の解決に取り組むNPOやソーシャルビジネスへ「社会を変えるお金」を提供し、社会的課題解決を促進する「ソーシャルセクターのイノベーション」という2つのイノベーションを実現する方法だと確信し、2011年から政府や自治体に対する導入提案を行ってきました。そして、今年度中に日本初となるパイロットプログラムを開始するべく、現在具体的な検討を進めているところです。こちらの詳細については、別の機会に改めて報告したいと思いますが、「社会を変えるお金」の新しい流れとして大きな可能性を秘めている「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」の今後の動きに是非注目していただければと思います。
【ご案内】
7月13日・14日実施SROIトレーニング@東京
http://www.sroi-japan.org/?p=448
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