鵜尾:まずは最初に、先生の自己紹介と幸福学に至るまでの経緯をお伺いさせていただけますか。
前野:今は慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科の教授をしています。それから、慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンターいう組織のセンター長も兼任しています。システムデザイン・マネジメント研究科というのは、物事をシステムとして捉えて新たにデザインしマネジメントしようという、学問分野を超えた領域なんですね。ですから社会貢献も含めていろんなことを部分最適じゃなくて全体最適でやっていくにはどうすべきかといった、日本で欠けがちな観点に取り組もうという大学院なんです。ウェルビーイングリサーチセンターというのもウェルビーイング、人々の幸せや健康をベースに、医療などいろんな問題を解決していこうというセンターです。私は元々は企業に勤めていたエンジニアで、ロボットの研究者として機械工学を扱っていたんですが、ロボットの心を作ろうというところからだんだん人間の心に興味が移ったんです。
鵜尾:それは面白いですね。
前野:元々、根源的なことに興味があったんです。我々はなぜ、何のために生きているのか、どう生きるべきなのか、のような。人間に興味があったのですが、理系だったので人間の研究をするのではなく人間に似ているロボットの研究していました。ですが、本当はやはり人間はどう生きるべきかという哲学的な問いに興味があったんですよね。新しい大学院に移るタイミングで、ロボットの研究から文系も含む分野に広げるんだったら、一番根源的な問いに近い分野、「幸せに生きるということはどういうことか」という研究だな、と思って11年前、2008年にこの大学院に来た時からウェルビーイングや幸せの研究を始めました。
わかった事は、幸せは心理学で分析できるということで、そうするといろんなことができるんですよ。幸せな街づくり、幸せな組織作り、幸せなものづくり、幸せなサービス作り、幸せな人づくりや教育。これが全部できちゃう。
幸せはもともと漠然としていたんですけど具体的には「やりがい」があって、「つながり・利他」があり、「前向き」でその人らしい「ありのまま」の人が幸せ、というようなことがわかってきて、ならば人々が思わず前向きになってつながるような街づくりはどうすればいいのか、と考え始めました。従来は幸せな街づくりというのは「なんか幸せになるといいよね、緑があるといいんじゃないかな、愛があるといいじゃん」というような思い付きでされていたわけですが、緑と愛に加えてやりがいと深いつながりと利他性みたいなのがあるような街づくりにするにはどうすればいいかというように、設計論として街づくり、ものづくり、教育などについて考えられるようにしてきたということなのです。
鵜尾:幸せをハピネスではなくてウェルビーイングという言い方にされているのは、やはりウェルビーイングというほうが腑に落ちる感じがするからでしょうか?
前野:ウェルビーイングは幸せよりももうすこし広い意味を持ちます。幸せ、健康、福祉を含む言葉で、人間の良いあり方を追求しましょうというのがウェルビーイングです。良い生き方をしましょう、みんなで良い生き方をする社会を作りましょうというのと、幸せな社会を作りましょうというのは近いんです。一方、ハッピーな楽しい社会を作りましょうはちょっと軽い。ウェルビーイングとは「良き在り方」を追求する、ということですから、その美しい言葉の方が僕は幸せに近い良い言葉だと思うんですよね。幸せもいい言葉なんです。「して」「合わせる」、「する」と「合わせる」ですからね。do it togetherなんですよ。ちょうど、やってみよう&ありがとう因子に対応します。happyはhappenと語源が一緒なんです。何かが起きる、というような短期的な幸せを指します。
鵜尾:happenとhappyは語源が一緒なんだ。
前野:Hapといういうラテン語があって、「運」という意味なんですよ。そこから何かが起きるのがhappenですし、たまたま楽しいことになるのがhappyですよね。だから短期的で、運に依存していますね。
鵜尾:瞬間刹那的な偶発的な。
前野:そう。運良く宝くじに当たりましたみたいなのはhappyですけど、幸せは運じゃない。
鵜尾:幸せがdo it togetherっていうのは面白いですね。確かにそうだ。そういう中で前野先生は学会を作られたり、いろいろな取り組みをされてますけど、社会自体がこういう風になったらいいんじゃないかという世界観をお聞かせいただけますか?
前野:まだ道筋は分からないんですけれど、ゴールイメージは見えています。1億人、人がいたら1億人の個性が際立っている世界。いわゆるダイバーシティー・アンド・インクルージョンです。みんながやりたいことを見つけている世界。全員がそれぞれのやりがいを持っていて、適切に多様な人とつながりあって力を合わせている社会。これができれば全員幸せなんですよね。そのために、NPOや日本ファンドレイジング協会がされているような、いろんな人がいろんな風に集まる場が多層的にあるのがいい。いろいろな工夫をして、多様な興味を持つ人が、幸せの4因子を満たしながら生きていく社会をみんなで助け合いながら創っていく。そのためには、孤独に陥っている人が外に出てきて集まる仕組みをNPOが作るというのも大事ですし、私が今やってるウェルビーイング・サロンのような、まずバーチャルにつながって時々オフラインでもつながるというような仕組みだっていいし、ウェルビーイング・スクールという学校のようなとこで学んできた人がつながるのもいい。今、いろんなことをやってみていて、まだ答えは見つかっていませんが、そういう活動をする人がどんどん増えいけばいい。仕事は仕事としてやるけれど、2つ目の活動として、サード・プレイス(家・職場に次ぐ場所)をみんなが持っている。そこで週に1、2時間費やす人もいるし10時間費やす人がいてもいい。いろんな人が自分のできる形で貢献するというか、貢献しながら活動する。そんな活動をするNPOが400万位あればいいと思うんですよね。
時間つぶし、暇つぶしに、ゲームをやったりテレビを観たりすることもありますが、みんな何か役に立つ活動をしたほうが、より人に感謝される爽快感が得られて幸せになれることがわかっているんです。そんなことをみんなで応援しあうプラットフォームが増えればいい。とにかく人はつながっていった方が幸せなので、そういうつながりを作るようにしたいんですよね。昔の村社会っていうのは面倒臭い位人間関係が濃かったのが、今はそれがすごく希薄化していて、先進国の課題は孤独なんですよね。だからもっと多層的な人間関係の社会を作ればいいと思うんですよね。幸いにもインターネットっていうものがあるから、「私はこっちのカメラのサークルとボランティアのサークル」というようにいくつかの社会を選んで参加することができるじゃないですか。そうすることによって、一人も取り残さず、色々なレイヤーの色々な社会が支えあうようにすればいい。社会のつながりの数が0の人はほとんどいない。そういう豊かな社会というのが私の持つ理想世界のイメージなんです。
鵜尾:ファンドレイザーは共感を得て支援を集めますが、支援者を幸せにするという軸で、さきほどの幸せの4因子で自分たちの活動をまず棚卸し、事例共有してみたくなりました。支援者をどれだけ幸せにしたか、ということにちゃんと向き合っているかを考えると、寄付というものが、自分が幸せになるサイクルとして腑に落ちるのではないかと思いました。
前野:幸せになる寄付。人を幸せにするのももちろんそうですけど、自分も幸せになるわけです。
鵜尾:幸せとファンドレイザーというテーマは、是非、研修のコンテンツとして入れていきたいです。ファンドレイザーの研修で、「共感を得る」「支援者満足」という視点は入っていますが、「支援者の幸せ」までは入っていない。これはものすごく重要なところですね。SDGsの話も結局社会問題の解決にみんなが力合わせないとどうしようもないよという文脈が中心で、資金とリソースを提供してください、といっています。でも、本来は、それが自分たちの幸せとして返ってくるという絵を作りたい。
(第2回に続く)
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