あるNPOのファンドレイザーが、次のように語ったとする。
「今年、私たちの団体は、ダイレクト・メールのデザインを一新しました。すると、昨年の寄付獲得件数は年間5千件だったのに、今年は1万件になったんです」
この言葉を聞いて、もしも「DMのデザインを変更したことが原因になって、その結果、年間の寄付獲得件数が5千件から1万件に増えた」とあなたが理解したなら、データ分析の入門書を買うために書店へ走った方が良いだろう。
単純な前後比較だけだと、何が原因で何が結果か、という因果関係を特定できないことは学術研究の世界でよく知られている。他の要因が影響を与えている可能性や、原因と結果の関係が逆である可能性を排除できないからだ。上述の例になぞらえるなら、寄付獲得件数が増えたのは、昨年に比べて今年の景気が良かったからかもしれない。あるいは、このNPOが行った別の施策が成功していたからかもしれない。
因果関係を正確に把握することは、NPO・NGOの業務でも極めて重要なはずだ。もしDMのデザイン変更が本当に寄付獲得件数を増やすのだとすれば、このNPOはこれからもデザインの質を維持したり、改善したりする業務に予算を配分するべきだろう。逆に、寄付獲得件数に全く影響を与えていないのだとすれば、DM送付以外の資金調達戦略の可能性を探ることにお金や時間を回すべきかもしれない。実務家の方々が因果関係を把握できるデータ分析の手法を学ぶことには、効率的に業務を遂行・改善できるようになるというメリットがある。
今年出版された『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』(中室・津川,2017)と『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(伊藤,2017)の2冊は、一般読者を対象に、どうすれば因果関係をできるだけ正確に把握できるのか、を分かりやすく説明することに成功した書籍として高い評価を受けた。どちらも一見難しそうな統計的手法が数式を使わずに理解できるということで、ベストセラーになっている。
彼らは、因果関係を捉えるための理想的な方法として、ランダム化比較試験を紹介する。DM送付の例でこの手法を解説するなら、まず、昨年と同じデザインのDMと、デザインを一新したDMの両方を用意する。次に、あたかもサイコロを振って決めるかのように、送付先を2つのグループに分け、一方には昨年と同じDMを送り、同時に、もう一方には新しいDMを送る。そして、2つのグループ間で、寄付獲得件数がどのくらい違ったかを比較する。ランダムにグループ分けをしているので、他の要因に邪魔されることなく、DMの変更が寄付獲得件数に与える因果効果を把握できるのである。
上述の書籍では、様々な実践例が紹介されている。例えば、オバマ前大統領が、ランダム化比較試験を使い、選挙戦用の支援金を集めるためのウェブサイトのトップページのデザインを工夫し、その結果、当初案の画面に比べて約72億円の追加的支援金を集めることに成功したというものがある。
ここで、一部の読者は、非営利セクターでランダム化比較試験を行うことは難しいのではないか、と考えるかもしれない。しかし、寄付募集をテーマにした実践例は既に多数存在しており、筆者は『寄付白書2017』(日本ファンドレイジング協会,2017)の中でそれらを余すところなく紹介している。
先進的な例として、シカゴ大学教授ジョン・リストらが行った研究がある(2002)。彼らは、ランダム化比較試験を使って、「何割のお金が既に集まっている」と伝えることが合計の調達金額を増やすかを調べた。あるグループの寄付募集のDMには「必要な寄付金額の10%が既に集まっている」と書き、別のグループのDMには「33%が集まっている」と書いた。また別のグループのDMには「67%が集まっている」と書いて送った。結果、67%のDMを送ったグループの合計の寄付金額は、10%のグループの約5.6倍まで多くなるということが分かった。
研究を行う以前、リストらが著名なファンドレイザーと会ったときに、その人から「既に3割集まっていると伝えれば、それで十分だ」との助言を貰ったというエピソードが印象深い(ニーズィー・リスト,2014)。しかし、実際は、3割よりもっと多く集まっていると伝えることの方が多くの寄付者を惹きつけた。経験則だけに頼るのでなく、科学的な検証方法をファンドレイジングに取り入れることの重要性を実感した、と彼らは言う。
また別の読者は、日本でランダム化比較試験を行うことは難しいのではないか、と考えるかもしれない。この懸念は尤もで、一般市民に対して実験的な介入を行うときに順守されるべき項目や水準は国や文化によって異なるはずだ。しかし、日本でも既に環境政策(依田・田中・伊藤,2017)・犯罪政策(島田,2013)・医療健康政策(Ishikawa et al., 2012)などの分野でランダム化比較試験やそれに準ずる実験的な介入研究が行われている。注目すべきは、官公庁や地方自治体などの公的機関がこれらの研究に協力しているところだ。考慮されるべき様々な項目の対処に時間をかけながらランダム化比較試験を行うのは、研究者と実務家の双方が、因果関係を把握することの重要性を認識しているからだろう。
現在、日本では、エビデンスに基づいた政策立案(Evidence-based Policy Making: EBPM)が積極的に推進されている。今後、政策的に重要な領域で活動するNPO・NGOの皆さんも、適切なデータを作成あるいは収集し、分析を行い、その結果を読み解くことが求められる機会が増えるかもしれない。その時流にあっては、データ分析の力を磨かずに済ませる、という選択肢は最早存在しないだろう。まずは、先に紹介した2冊の入門書を読み、最新の『寄付白書2017』で非営利セクターの研究例に触れることを強くお勧めしたい。
[1] 中室牧子・津川友介(2017)『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』ダイヤモンド社.
[2] 伊藤公一朗(2017)『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』光文社.
[3] 日本ファンドレイジング協会(2017)『寄付白書2017』日本ファンドレイジング協会.
[4] List, J. A., and Lucking-Reiley, D. (2002). The effects of seed money and refunds on charitable giving: Experimental evidence from a university capital campaign. Journal of Political Economy, 110(1), 215-233.
[5] ウリ・ニーズィ/ジョン・A・リスト,望月衛・訳(2014)『その問題、経済学で解決できます。』東洋経済新報社.
[6] 依田高典・田中誠・伊藤公一朗(2017)『スマートグリッド・エコノミクス フィールド実験・行動経済学・ビッグデータが拓くエビデンス政策』有斐閣.
[7] 島田貴仁(2013)「街頭防犯カメラがひったくりの発生に与える影響」地理情報システム.
[8] Ishikawa, Y., Hirai, K., Saito, H., Fukuyoshi, J., Yonekura, A., Harada, K., and Nakamura, Y. (2012). Cost-effectiveness of a tailored intervention designed to increase breast cancer screening among a non-adherent population: a randomized controlled trial. BMC Public Health, 12(1), 1.
ファンドレイジング日本2018では、「寄付を科学する」をテーマにしたセッションも開催します。
「寄付を科学するー行動経済学・NPO研究の最前線」
(2018年3月18日 14:00~15:20)
【ファンドレイジング・日本2018】
2018年3月17日、18日開催 於 駒澤大学
『共感型ブレイクスルー』
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